駿河湾から仰ぐ富士山は、息をのむほどの絶景です。
日本の象徴として知られるその姿は、海越しに眺めるといっそう雄大に感じられます。
外国人観光客が「フジヤマ、ニンジャ、サムライ、ハラキリ」と片言の日本語を口にする光景も、どこか微笑ましいものです。
富士山は、国境を越えて人々を惹きつける存在なのだと実感します。

富士山といえば「一富士二鷹三茄子」。
富士は「無事」や「不死」に通じ、鷹は「高い」「出世」、茄子は「成す」「実り」を意味するといわれます。
徳川家康ゆかりの駿河の名物にちなむこのことわざも、ここ駿河湾から富士を望めば、なるほどとうなずける気がします。
言い伝えでは、家族に健康や繁栄をもたらす年神様は、初日の出とともに富士山から降りてくるのだとか。
初日の出と富士山が重なる光景には、ただ美しいというだけでなく、どこか神聖な力が宿っているように思えます。

高所恐怖症の私は観覧車には乗りません。
きっと上からは、駿河湾と富士山を一望できる絶景が広がっているのでしょう。
それでも足はすくみます。遠くから見上げるだけで十分です。
日本一高い山、富士山(3,776m)。
そしてその足元に広がる駿河湾は、日本一深い湾で、水深は約2,500mにもなります。
日本で最も高い山と、最も深い海が同じ場所に向き合っているという事実に、自然の壮大さを感じずにはいられません。
深い海底地形と黒潮の影響を受ける駿河湾には、約1,200種類もの魚が生息するといわれます。
日本全体の魚類がおよそ3,600種類ですから、その約3分の1がここに集まっていることになります。
まさに生命の宝庫、豊かな海の恵みが港町の活気を支えているのです。
静岡県富士市、田子の浦漁港は、昼どきには漁を終えた漁船が整然と並び、その向こうに富士山が静かにそびえています。
働く船と霊峰との対比が印象的でした。

漁港の入口近くにある田子の浦漁協の食堂には、「生しらす」ののぼりが風に揺れています。
獲れたての生しらす丼を求めて多くの人が訪れ、活気にあふれていました。
券売機の前で少し迷いながら、生しらすと釜揚げしらすの二色丼を選びます。

海を眺めながら頬張るしらす丼です。
きらきらと透き通る生しらすの甘み、ふんわりとした釜揚げしらすのやさしい塩味、目の前に広がる駿河湾の景色と相まって、忘れがたい味わいになりました。
漁港のすぐそばには、田子の浦みなと公園があります。
一段高い場所にあり、振り返れば富士山、視線を落とせば駿河湾、帆船をかたどったモニュメントが青空に映え、どこかロマンを感じさせます。
この公園は、港の浚渫土砂を利用して整備されたといいます。海とともに生きる土地ならではの風景です。

東屋に腰を下ろし、ただ波のきらめきを眺める時間が過ぎていきます。
海のない長野で育った私にとって、海は特別な存在です。
潮の香りと温暖な空気に包まれていると、それだけで心がほどけていきます。

タイ、メジマグロ、タチウオ、ワラサ、サクラエビ、シラスなど、さまざまな魚が獲れる駿河湾、ポンポン船が大きな音とともに通り過ぎました。

公園の中央には、六方石に刻まれた万葉歌碑が立っていました。

溶岩が冷え固まる過程で生まれた柱状節理の石に刻まれているのは、山部赤人が富士を望んで詠んだ長歌と反歌です。
「田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける」

学生時代に教科書で覚えたあの歌。
今、その“田子の浦”に立ち、振り返れば雪をいただく富士山が本当にそこにあります。
千年以上前の歌人が見た景色と、同じ風景を見ているのだと思うと、不思議な感慨がこみ上げます。
田子(たご)の浦ゆうち出(い)でて見れば真白(ましろ)にぞ不尽(ふじ)の高嶺に雪は降りける

学生時代、田子の浦の地名はこの和歌で知った記憶があります。
駿河湾を望む丘で振り返ると、頭に雪をいただいた富士山が見える風景は、この歌の通りでした。
リアルな田子の浦の和歌体験でした。
そして、思わず口ずさみたくなる唱歌「ふじの山」。
♪あたまを雲の上に出し
四方の山を見おろして――

この日の富士山は、まさに歌詞の通りの姿でした。
青空高くそびえ、白雪をまとい、裾野を霞ませながら静かに佇んでいます。
駿河湾の深い青と、富士山の凛とした白。
自然の壮大さと、そこに息づく人々の暮らしと歴史が重なり合う場所。
田子の浦は、ただ景色を眺めるだけでなく、時の流れまでも感じさせてくれるひと時でした。

唱歌「ふじの山」
♪あたまを雲の上に出し
四方(しほう)の山を見おろして
かみなりさまを下にきく
ふじは日本一の山
青空高くそびえたち
からだに雪のきものきて
かすみのすそを遠くひく
ふじは日本一の山
